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夏井いつきの若い頃・苦労をした過去とは?年齢・経歴・プロフィール・妹紹介

こんにちは。ハジイチです。

TBSのバラエティ番組「プレバト!!」で容赦ない毒舌で評価・添削で人気を博し、活躍している夏井いつき先生についてまとめてみました。

大御所(?)の梅沢富美男との掛け合いも楽しいですよね。

夏井いつきのプロフィール

夏井いつき

  • 名前:夏井いつき(なついいつき)。本名は加根伊月(かねいつき)。
  • 生年月日:1957年5月13日
  • 年齢:63歳(2020年6月6日現在)
  • 出身地:愛媛県南宇和郡内海村
  • 職業:俳人、エッセイスト
  • 最終学歴:京都女子大学文学部国文科卒業
ハジイチ
夏井は芸名だったんですね

夏井いつきの経歴

夏井いつき

  • 生家では、明治時代から特定郵便局を開設。
  • 夏井の幼少期まで局長を務めていた祖父は、近隣の家庭で子どもが生まれるたびに、子どもへの命名を託されるほどの名士であった。
  • 夏井自身も、俳号の「いつき」の由来である本名の「伊月」を、祖父から付けられた。
  • ちなみに、宇和島東高校へは、生家からバスで片道2時間ほどかけて通っていたという。
  • 学生時代はバレーボールの選手で、現在のリベロに相当するポジションに就いていた。
  • 愛媛県立宇和島東高等学校普通科を経て、1980年京都女子大学文学部国文科を卒業
  • 1980年に、国語科教諭として松山市立余土中学校へ赴任。
  • 1982年に、御荘町立御荘中学校へ転任。教師時代から、仕事と家庭を両立させながら、唯一の趣味として独学で俳句を嗜んでいた。
  • 1988年には、教職を辞したうえで、 俳人に転身。黒田杏子に師事しながら、自宅のある松山を拠点に、俳句を本格的に手掛け始めた。
  • 1997年には、俳句集団「いつき組」を結成するとともに、「組長」へ就任。全国の小中学高校生を対象としたカリキュラムの一環として、「句会ライブ」という俳句教室を開催。
  • 2008年からは、パイオニア株式会社の音を使って遊ぶ楽しさを伝えるWebサイト、’Sound Lab.’にて、お題の音を聴いて俳句を作り投稿する『音俳句』のコーナーの選者を務める。
  • 2013年からは、『プレバト!!』(TBSのバラエティ番組)内の企画「才能査定ランキング」で、俳句部門の査定を担当。事前に提示した1枚の写真を基に、著名人のゲストが作成した俳句を、評価・添削する。
  • 2014年には俳人としての活動の窓口として「株式会社夏井&カンパニー」を設立。取締役に就任(代表取締役は夫の加根光夫)。
  • 2015年には、「俳都松山宣言」を全国に発信する俳都松山大使に就任。
  • 2017年には、帝塚山学院大学リベラル・アーツ学部の客員教授として復帰。
    就任後は、俳人として活動するかたわら、俳句の集中講義を担当している。
  • 2018年には、「『プレバト!!』へのレギュラー出演によって全国的な俳句ブームを牽引した」との理由で、第44回(2017年度)の放送文化基金賞を個人・グループ部門で受賞。
  • 2018年12月31日には、『第69回NHK紅白歌合戦』に、ゲスト審査員の1人として出演した。俳人が『NHK紅白歌合戦』の審査員に起用される事例は、 第23回(1972年)の中村汀女以来46年振りである。

第69回NHK紅白歌合戦 ゲスト審査員

エピソード

夏井先生といえば、和装のイメージしかありませんが、

和服を着るのは『プレバト!!』の収録や関連イベントへ出演する場合のみ

他の番組(『NHK俳句』など)には洋装で出演しているそうです。

夏井先生によれば、「『プレバト』の和装はコスプレのようなもので、普段は洋服しか着ない」との事です。

テレビのイメージ戦略って怖いなと思いました。

夏井いつきの若い頃

あれ!?とっても美人だ!!と思いました。

すみません!これは夏井いつき先生の妹でローゼン千津さん。当時女優を目指していたという。

アメリカ人でチェロ演奏者「ナサニエル・ローゼン」さんと結婚しています。

中学教師時代の夏井いつき先生

こちらが中学教師時代の夏井いつき先生です。

ピンぼけしている画像ですが、妹から想像するにきちんと化粧やおしゃれをすれば、かなりの美人だったと思います!

若い頃の画像はこちら以外見つける事が出来ませんでした。

夏井いつきの苦労した過去とは

  • 中学校の教師だった25歳の時に、教師仲間の男性と結婚。
  • 教師の仕事に愛着を持ちながら、結婚後に1男1女の2人の子どもを授かった。
  • しかし、30歳の頃に義父が他界。その影響で体調を崩した義母を、松山市内にある夫の実家で介護する必要に迫られたことから、やむなく教職を辞した
  • 退職の際には、当時の教え子に対して、「これから俳人になる」と約束したという。
  • 俳人としての活動を始めてから10年後(40歳の時)に、実母が脳腫瘍を発症
  • 俳人としての活動だけで生計を立てることがままならない状況で、義母と実母の介護に疲弊したことから、「2人の実子を引き取る」という条件で離婚を余儀なくされた
  • 43歳で離婚し「ああ、自由になった」と思い、二度と結婚するつもりはなかったそうです。それは離婚するにはものすごく負のエネルギーを使うし、姓が変わることによる膨大な手続きが面倒であったから。
  • 俳号の苗字に用いている「夏井」とは、離婚した夫の姓でもある。
  • 離婚後は、「(俳句と関連のない案件や、俳句の広報につながらない案件を除いて)依頼された仕事はすべて引き受ける」というスタンスで、俳人としての活動に没頭。
  • 「俳人になる」という前述の約束を守るべく、あえて教職へ復帰せず、「次の仕事につなげたい」との一心で話術を磨いた。
  • 句会などの活動を通じて知り合った縁から、家庭にトラブルを抱える3人の児童を、保護者の了承を得たうえで「御幸(みゆき)ハウス」と称して自宅に無償で住まわせたこともある
  • 住まわせた女児の1人は、後に夏井先生の実の息子と結婚している。
  • 夏井先生自身は、「(再婚相手の加根を含めた)夫婦2人の終活会社」として株式会社夏井&カンパニーを設立した。
  • 現在の夫である加根は、夏井より8歳年上で、かつて博報堂の関西支社に勤務。CMプロデューサーとして、「マロニーちゃん」中村玉緒が出演するマロニーのテレビCMシリーズ)などを手掛けていた。

夏井いつき先生と加根光夫さんのなれそめ

  • 2003年46歳だった夏井先生に、インターネット上で配信する番組への出演を夏井先生へ依頼
  • 出演自体は実現しなかったが、かねてから趣味で俳句を詠んできたこともあって、夏井先生との交際を始めた。
  • 関西支社のある大阪から松山を訪れるたびに夏井先生の自宅で実子などの面倒を見ていたという。
  • 夏井自身は生活苦などを理由に再婚を渋っていたが、49歳だった2006年に、「(自分は50代の後半で)歳を取っているけど、結婚しましょう」という加根からのプロポーズをきっかけに再婚。
  • 加根は、後に博報堂を定年退職後、松山市内で夏井との同居を始めた。現在は、フリーランスで映像プロデューサーとして活動。
  • 夏井先生の仕事先にマネジャーとして同行するなど、公私にわたって夏井先生をサポート。
  • 2014年には、株式会社夏井&カンパニーを設立し、代表取締役へ就任。

夏井いつきのまとめ

容赦ない毒舌で評価・添削で人気を博し、活躍している夏井いつき先生についてまとめてみました。

誰もが「お説教されたい」という願望があるから、つい夏井先生を求めてしまうのですかね。

とにかく今後の夏井先生のご活躍を期待したいと思います。

ハジイチ
以上ハジイチでした。参考にして頂けたら幸いです。
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